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2011年01月05日

子育てにはユーモア

子どもに怒りを覚えずに、子育てをできる人は、ほとんど神がかり的なパワーの持ち主だと思う。

そうありたい!とは思うけど、無理!!無理!!

特に一人で悪戦苦闘しているときに、『なぜ、今なの?!?』と思うようなことをされると親を困らせようとわざとしているんじゃないか?!とicon56本当にキレそうになりますよねicon77

子どもが小さかった頃、こめかみの血管がぶち切れそうになったことが何度もありますface07

手を上げずに、足蹴りせずに、どやさずに子育てしようと思うなら、ユーモアが絶対必要なんですよね~face14

じゃあ、そのユーモアは、どうやって生まれるのかicon66
icon134安心感から生まれてきます。単なる笑いだったら、極度の感情抑圧があれば生まれるでしょう。しかし、感情の抑圧から生まれる笑いは時に、誰かを貶めることでこしらえられ、自虐的な笑いで緊張度を緩めようとするもの。どこか物悲しい笑いだったりします。乾いた笑いだったり、誰かが泣いている笑いだったり……。

誰も傷つけることのない人と人との対立を避け、話し合う心の余裕を作るためのユーモアは、安心感があって初めて生まれるものです。そして、おとなとしての役割はユーモアを生み出す安心な環境なんじゃないかなと思います。

親がユーモアをもって子育てに臨むには、親を認め、支え、ユーモアをもたらす温かい周囲の支えがあってのことなんだな~と、つくづく、振り返ってみても思いますicon06

いりいり<`ヘ´> ムカムカ<`~´> していた新米ママの時代に支えてくれていたのは結構、近所のおばちゃんたちや、幼稚園ママたちだったみたいです。住宅街にいた私は、あの頃、50代後半から70代の近所のおばちゃんが当たらず触らず、良い加減の声掛けをしてくれていました。特に心に残るというより、上手な緩和剤になってくれていました。

買い物行くのにちょっと預かってくれるとか……夕方声をかけてくれるとか……野菜を持ってきてくれるとか(迷惑なときもあったけど、それでもホッとする瞬間だったな)……時には好きなことをすることも大事なことよ、と言ってくれたり……薬代にお金かけるくらいなら、おいしいものにお金をかけて御覧とか……家の中で泣いてたわが子を帰ってきたらおばちゃんが抱っこしてくれていたりとか……預かってくれていたおばちゃんがオムツの替えがないからといってタオルでオムツをこしらえていたりとか……

面倒くさい近所付き合いもあったけど、振り返ってみたらたくさんの「ちょっとずつ」のお世話を受けていましたわ。今でこそ、いろいろと偉そうにしている私ですが、学校出たばかりの若いママでしたから、60~70代のおばちゃんたちからすると、心細いママだったと思います。結構、気を使いながらお手伝いをしてくれていたんだと思います。舅姑や両親からの言葉は警戒心があっても、近所のおばちゃんたちからのアドバイスは気軽に聴けていたし、違うなと思っても受け流すこともできたような気がします。

子育てから少し解放されてきた時代を迎えた私も「ちょっとずつ、たくさんのお世話」好きなおばちゃんになろうと思います。それが人間なんだな~とも思います。新米の親が上手にできるはずがないのですからface02  


Posted by にじ at 17:28Comments(0)