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2011年02月27日

子ども理解を深めるための連続講座

おかげさまで、2010年度「子ども理解を深めるための連続講座」を無事に終了しました。

1月15日 杉山登史郎先生に「子ども虐待と情緒障害」
2月11日 西澤 哲 先生に「ネットワークからこぼれる瞬間~虐待死亡事例から考える~」
2月26日 野坂 祐子先生に「性暴力防止に果たす学校の役割」

延べ人数800人の方たちに聞いていただくことができました。
ありがとうございました。

参加者のアンケートには、びっしりと感想やご意見が書かれていました。
多くの方が、子どもの問題に関心を寄せてくださっているのだと思います。

1990年に虐待対応が児童相談所が担うようになって20年で、ようやく「放っておけない」と社会が成熟したのだと思いたいです。

これからは、第2ステージだと意識して積極的子ども支援が社会の活性化に必須だと感じてほしいです。  


Posted by にじ at 21:00Comments(0)

2011年02月23日

子どもの哲学

子どもと本気で語る体験をしている人が、どのくらいいるんだろうか。

教えてやろうとか、指導してやろうではなく、子どもの口から何が飛び出すのか、わくわくとした気分で聴いていると語っている間にも子どもが成長していくのがわかります。

黙って聞いたり、タイミングの良い質問をすることで、全神経を注いで自らの状況を整理し、どんな自分でいたいのか?と考えています。

誇り高く生きようとする子どもたちのエネルギーを感じます。

もっと、子どもたちの話を楽しみに聴いてほしいし、子どもの微笑ましい背伸びした発言にも真剣なまなざしを向けてほしいなと思います。

今、子どもたちに何かプレゼントできるとしたら、余りある予定のない時間と、豊かな感情を受け止めるおとなをプレゼントしたいな~と思います。

全国のタイガーマスクを集結させて、それらが実現できるような「子ども省」を贈りたいものです。  


Posted by にじ at 21:34Comments(0)

2011年02月22日

社会体育

いつの頃からか、子どもたちの「遊び」の時間が、社会体育にとって代わりました。
放課後の子どもたちは学童か、習い事か、社会体育です。
体を動かしていることは共通かもしれませんが、その効果は全く違うものです。

特に社会体育は非常に盛んですし、奨励されています。
野球チーム・サッカーチーム・バスケットチーム・バレーチームなどなど。
保護者の応援熱も猛烈だったりしますし、その保護者間のトラブルもよく相談を受けます。

しかし、最も怖いのは保護者の含めて「勝たせたい」「勝って自信につなげたい」という善意が先行して、子どもの発達がやたら無視されてしまったり、試合に出させたい思いが優先されて指導者からの暴力さえも愛情だよ、無視されるよりましだよ、と暴力や性暴力が隠ぺいされていくことです。

体罰は見えている場合が多く、ひどすぎるとか、やりすぎだと言いつつも、だれが指導者に忠告するのかでおとなたちがビビッていることもあります。

ところが、そのような「見える暴力」が容認されている環境の中では時として、子どもたちへの性暴力が行われていることもあります。

かわいいからだよ
お前を見込んでいるからだよ
いやなら辞めればいい
他のヤツを試合には出すから別にいいんだ……などと脅されていたりもします。

もちろん、社会体育で指導している人たちのほとんどは、奉仕的です。
自分の時間を多く子どもたちや地域のために捧げてくれています。
保護者もまた、少ししかない休日を子どものために全力でサポートしてくれています。

それがわかる故に子どもたちは、被害を語れずにいることも忘れないでください。
多くの善意の中に潜んでいる暴力に気づく目をもってください。

そして、海外のように子どもへの暴力は保護者だけがダメなのではなく、すべての人がダメだという制度や法律が必要です。

学校が気がついても社会体育というフィールドに対して、言いづらい状況であることも踏まえて、環境の改善が必要な時期が来ているのではないかと強く思います。

体罰や性被害に遭った子どもたちが共通して語ってくれることがあります。
「スポーツの練習や試合は大好きなのに、練習の時間がくると体調が悪くなる」
「親が一生懸命だから、自分が我慢すればいい」
「本当は吐きたいくらい気持ちが悪いのに、顔は笑顔でいなければならないから、どんどん自分が何かがわからなくなる」と。

  


Posted by にじ at 01:03Comments(0)

2011年02月18日

西澤さんの講演会報告

先日、2月11日に行いました「子どもの理解を深めるための連続講座」第2弾西澤先生をお招きしました。東京方面が大雪だったので、西澤先生が無事に到着できるか、本当に心配をしましたが、無事に到着なさいました。参加者が400名の参加者だったことは、このテーマを西澤先生に語っていただけることへの期待だったのだろうと思います。

「ネットワークからこぼれる瞬間(とき)」と題して講演を行っていただきました。
本当に西澤先生にこのテーマをお話ししてもらって本当によかった!とつくづく思いました。

西澤先生が1990年に虐待防止センターでのケース検討会での一場面での判断ミスについて語り始めてくださいました。専門家は決して感で判断するものではなく、根拠となるものを示せるか、あるいは「判断できない」と判断するべきだったとの

非常に中身の濃い講演で、いくつもの気づきとキーワードになる言葉をもらいました。

最後のヘンリー・ケンプの言葉を締めくくりに語られたフレーズが重く、参加者の心に響いたように思います。

「私が『疑わしくは保護を』と訴えるのは、間違って保護した子どもには謝罪することはできるが、間違って保護せずにすでに冷たくなった子どもに謝罪することはできないからである。」虐待死調査は子どもへの謝罪の最初の言葉、と締めくくられました。

まさに私たちが思いたいように思うのではなく、当事者であった子どもの死を検証することで子どもの見てきたものや、感じてきたものをできるだけ見つめることであり、そのようにしかできなかった保護者の心理を五感で受け止めることなのかもしれないと振り返ったのでした。

今回のテーマは、再度、ゆっくりとかみしめて聞きたい内容でした。  


Posted by にじ at 00:51Comments(0)

2011年01月27日

児童養護施設についてクイズ

№1 児童養護施設は日本全国に何園あるでしょうか?
……平成21年度の調査数ですが、575園です。

№2 何人の子どもたちが入所しているでしょう?
……児童養護施設で暮らしている子どもたちは、約3万人です。

№3 里親に措置されるか? 児童養護施設に措置されるか?
……日本では里親さんに託される子どもたちが約6,2%です(2000年調査なので現在は少し高くなっていると思われます)。

海外ではどんな状況かというと、オーストリアは91%が里親さんに託されます。
アメリカでは76.6%です。
イギリスでは60%が里親さんのご家庭で暮らすことになります。
 また、施設入所の場合も、少し日本と状況が違っていて、その子どもの治療的かかわりのための入所などで措置が決まります。日本の場合は、保護者が里親さん宅に預けられると、子どもを里親さんにとられたような気持ちになって「施設入所」を保護者が希望する場合も少なくありません。
 家庭の中で不適切な状況があったり、虐待を受けていたりする子どもであればあるほど、家庭の中で大切に接してもらうことが、どのようなことなのかを十分に味わってほしいと思うのです。

 制度や法律に子どもたちをはめ込んでいくのではなく、子どもたちに今、必要な環境を用意するための制度改正や法律改正がタイミングよく運用される政治を願いたいものです。

 そして、それら政治を動かすのは「わたし」たちであって、だれか偉い人がやってくれるのではない!という自覚をもって、国民としての権利行使をしたいものです。  


Posted by にじ at 11:51Comments(0)

2011年01月24日

西澤 哲(サトル)氏 講演会のご案内

西澤 哲先生が久留米に!


NHK教育テレビなどでご存知の方も多いでしょう。
または、児童養護施設関係者の人たちにとっては、なじみのある方かもしれません。
親と子のこころの対話研究会に参加なさっていた方にとっては、恒例行事のように感じていらっしゃるかもしれませんね。

西澤先生は、神戸生まれの関西弁で痛快なおしゃべりでも有名です(笑)。テンポの良い話の中に、ドキッとさせられる視点と、ホロリとくる子どもの心理を、そして『アイタタタ…』と自分の怠けている部分に釘を刺されるような点も盛り込まれています。楽しい調子でありながら、おとなとしてどこに向かおうとしているのか、考えさせてくれる先生です。

西澤先生は仙台の情緒障害児短期治療施設勤務時代に、さまざまな表情や、さまざまな反応を引き出す子どもたちに関わってことをきっかけに、今に至るまで心理治療に取り組まれることになりました。サンフランシスコ州立大学教育学部カウセリング学科修了されてから、ずっと現場から離れることなくたくさんの著書を書かれ、虐待にまつわる多くの著書の翻訳本を出されています。

西澤先生の本当の魅力は、私は知識欲ではないかなと思います。単なる知識欲ではなく、哲学の上に則った知識欲かなぁ~と、おこがましいけれども、そんな風に感じます。だから、常に一貫性があるのだと思います。

「ネットワークからこぼれる瞬間~虐待死事例から学ぶ~」2010年は、いくつもの虐待死のニュースが報道されました。裁判員裁判で判決も出ています。私たちにとって、虐待は「知らない」では済まされない課題だと思います。ぜひ、皆さんに足を運んでいただきたい内容です!!

2月11日(金曜日) 14:00-16:00
石橋文化センター「共同ホール
」㊟「共同ホール」専用駐車場は非常に狭いので、近隣の駐車場になると思われます。できるだけ、公共交通機関でお越しください。あるいは、お早めにお越しいただいたほうが最初からゆっくりと聴けると思います。

◆西鉄久留米駅下車 「信愛女学院行」に乗って「護国神社前」→「石橋文化センター前」で下車です。
◆西鉄久留米駅下車  歩いて10分ほどです。周辺にはレストラン・美術館・図書館・スポーツガーデンなどございます。早めに来てくださっても十分、楽しめると思いますよ!  


Posted by にじ at 19:41Comments(0)

2011年01月17日

児童養護施設

みなさんは、児童養護施設についてご存知ですか?

第1問:児童養護施設は日本全国に何ヶ所あると思いますか?

第2問:それらの全国の児童養護施設に何人の子どもたちが生活しているでしょうか?

第3問:家庭の中で今、暮らすことができないと判断された子どもが「児童養護施設入所」なのか?「里親委託」なのか?ですが、その割合は日本ではどのくらいと思いますか? ほかの国々ではどのくらいと思いますか?

まずは、考えてみてくださいね! お答えは後日発表しますicon59  


Posted by にじ at 22:46Comments(0)

2011年01月05日

子育てにはユーモア

子どもに怒りを覚えずに、子育てをできる人は、ほとんど神がかり的なパワーの持ち主だと思う。

そうありたい!とは思うけど、無理!!無理!!

特に一人で悪戦苦闘しているときに、『なぜ、今なの?!?』と思うようなことをされると親を困らせようとわざとしているんじゃないか?!とicon56本当にキレそうになりますよねicon77

子どもが小さかった頃、こめかみの血管がぶち切れそうになったことが何度もありますface07

手を上げずに、足蹴りせずに、どやさずに子育てしようと思うなら、ユーモアが絶対必要なんですよね~face14

じゃあ、そのユーモアは、どうやって生まれるのかicon66
icon134安心感から生まれてきます。単なる笑いだったら、極度の感情抑圧があれば生まれるでしょう。しかし、感情の抑圧から生まれる笑いは時に、誰かを貶めることでこしらえられ、自虐的な笑いで緊張度を緩めようとするもの。どこか物悲しい笑いだったりします。乾いた笑いだったり、誰かが泣いている笑いだったり……。

誰も傷つけることのない人と人との対立を避け、話し合う心の余裕を作るためのユーモアは、安心感があって初めて生まれるものです。そして、おとなとしての役割はユーモアを生み出す安心な環境なんじゃないかなと思います。

親がユーモアをもって子育てに臨むには、親を認め、支え、ユーモアをもたらす温かい周囲の支えがあってのことなんだな~と、つくづく、振り返ってみても思いますicon06

いりいり<`ヘ´> ムカムカ<`~´> していた新米ママの時代に支えてくれていたのは結構、近所のおばちゃんたちや、幼稚園ママたちだったみたいです。住宅街にいた私は、あの頃、50代後半から70代の近所のおばちゃんが当たらず触らず、良い加減の声掛けをしてくれていました。特に心に残るというより、上手な緩和剤になってくれていました。

買い物行くのにちょっと預かってくれるとか……夕方声をかけてくれるとか……野菜を持ってきてくれるとか(迷惑なときもあったけど、それでもホッとする瞬間だったな)……時には好きなことをすることも大事なことよ、と言ってくれたり……薬代にお金かけるくらいなら、おいしいものにお金をかけて御覧とか……家の中で泣いてたわが子を帰ってきたらおばちゃんが抱っこしてくれていたりとか……預かってくれていたおばちゃんがオムツの替えがないからといってタオルでオムツをこしらえていたりとか……

面倒くさい近所付き合いもあったけど、振り返ってみたらたくさんの「ちょっとずつ」のお世話を受けていましたわ。今でこそ、いろいろと偉そうにしている私ですが、学校出たばかりの若いママでしたから、60~70代のおばちゃんたちからすると、心細いママだったと思います。結構、気を使いながらお手伝いをしてくれていたんだと思います。舅姑や両親からの言葉は警戒心があっても、近所のおばちゃんたちからのアドバイスは気軽に聴けていたし、違うなと思っても受け流すこともできたような気がします。

子育てから少し解放されてきた時代を迎えた私も「ちょっとずつ、たくさんのお世話」好きなおばちゃんになろうと思います。それが人間なんだな~とも思います。新米の親が上手にできるはずがないのですからface02  


Posted by にじ at 17:28Comments(0)

2010年12月28日

みんな来てね!!

■■■NPO法人にじいろCAPからのお知らせです■■■
“虐待防止のエキスパートが久留米にやってくる!!”
-----------------------
|子ども理解を深めるための連続講座      |
|子どもの笑顔あふれるまちづくりIN KURUME |
-----------------------
【第1弾】1月15日(土)14:00-16:00
杉山 登志郎氏    会場 石橋文化センター 共同ホール (参加費無料・託児は5日前までに申し込み)
「子ども虐待と情緒障害」発達障害という名前をつけることで支援のネットワークからこぼれがちになる子どもを、原因が発達障害であれ、虐待であれ問題は「情緒障害」をどう支援するかだ!という視点で虐待支援と医療の関係をわかりやすく講演していただきます。
本年9月まであいち小児保健医療総合センターの心療科部長兼保健センター長。同年10月1日からは浜松医科大学教授。日本における高機能自閉症やアスペルガー症候群などの発達障害の権威の一人。子ども虐待と発達障害についての著書も多い。久留米大学医学部卒業。主催:NPO法人にじいろCAP  共催:福岡県久留米児童相談所・久留米市・親と子のこころの対話研究会


【第2弾】2月11日(金) 14:00-16:00
西澤 哲氏   会場 石橋文化センター 共同ホール (参加費無料・託児は5日前までに申し込み)
「ネットワークからこぼれる瞬間(とき)  ~虐待死事例から学ぶ~ 」 一人の子どもの虐待死を無駄にしないためにも、事例を見つめ続けることにより多くのことを学び改善を続ける義務が私たちにはあります。虐待死事例から学ぶ方法を学びましょう。
山梨県立大学教授。1957年、神戸市生まれ。仙台の情緒障害児短期治療施設勤務時代に「虐待を受けた子ども」とかかわったのをきっかけに心理治療に取り組むようになり、サンフランシスコ州立大学教育学部カウンセリング学科修了。虐待などでトラウマを受けた子どもの心理臨床活動を多く行っている。
主催:久留米児童相談所 共催: 久留米市・NPO法人にじいろCAP・親と子のこころの対話研究会
 
【第3弾】2月26日(土)14:00-16:00
野坂 祐子氏       会場 えーるピア 視聴覚ホール (参加費無料・託児は5日前までに申し込み)
「性暴力防止に果たす学校の役割」 
数多く発生しているにも関われず、表面化しにくい性暴力。学校が性暴力を防止に取り組むことがおのずと虐待やいじめの発見や防止に大きな役割を果たすことになることを教えていただきます。
大阪教育大学学校危機メンタルサポートセンター准教授。 臨床心理士。性暴力被害によるトラウマ反応について研究。「学校危機メンタルサポートセンター」とは、附属池田小学校事件の被害者など学校危機による被害者の精神的支援/学校危機と安全に関する予防及び支援の実践と研究心的外傷を受けた児童・生徒の心理教育及び心のケアの実践と研究を目的に設置されました。主催:NPO法人にじいろCAP  共催:福岡県久留米児童相談所・久留米市・親と子のこころの対話研究会
 
■■■■■■■■■■■■■■■■■
問合せ先:NPO法人にじいろCAP
〒830-0037久留米市諏訪野町1926-1-506
E-mail cap2416@sa3.so-net.ne.jp
電話 090-1921-7023
http:www.niji-cap.html.tv/top.htm
すべての子どもに安心・自信・自由を!
■■■■■■■■■■■■■■■■■

  


Posted by にじ at 17:50Comments(0)子育て

2010年11月24日

久留米市との協働事業「CASーKサポーターズ養成講座」

 2010年12月4日(土)  5日(日)二日間10時ー17時です!

10:00~17:00 CAS-Kサポーター養成講座【1日目】
『みんなで子育て・のびのび子育て・たたかず子育て』
―― こんな子育て文化を久留米市につくっていく仲間になりませんか? ――

この事業は、現在久留米市において、医療・教育・福祉など様々な場所で子育て支援に関わっている方々、今後関わろうと思っている方々を対象に、「子どものアタッチメント形成の支援」という考え方を共有できる子育てサポーターを養成し、子育て関係者のネットワーク作りを目指すものです。
※昨年度、提案公募型協働モデル事業に採用されたもので、好評のため引き続き今年度も実施するものです。

■講座の予定 (どちらかを受講してください)    ※受講料は無料です
第1期  平成22年12月4日(土)、5日(日)
第2期  平成23年1月20日(木)、21日(金)
時間 内         容
≪1日目≫
10:00~17:00
(6時間) ・ 「みんなで子育て」(子育ての孤立を防ぐ)
・ アタッチメントで「のびのび子育て」
 (「ねばならない」子育てからの解放)
・ アタッチメントの発達
・ アタッチメントを促すもの
・ アタッチメントを阻むもの

≪2日目≫
10:00~17:00
(6時間) ・ 「たたかず子育て」(他律から自律へ)
 体罰としつけについて
・ わたしにできること
話の聴き方
虐待予防の第一歩 『ちょっとミーティング』
      「なんだか気になる」…支援の現場で感じる
ちょっとした違和感を仲間と共有しましょう
・ あなたも大切な人(セルフケアのすすめ)

※原則として、2日間とも受講できる方に限ります(第1期の1日目と第2期の2日目の受講も可)。
※2日間の講座を修了された方には、「CAS-K子育てサポーター修了証」をお渡しします。
■申し込み締め切り
    第1期 平成22年11月26日(金)  第2期 平成23年1月14日(金)
■実施場所
  久留米市役所3階 305会議室
■主催者:久留米市  / 実施者:NPO法人 にじいろCAP  


  


Posted by にじ at 20:52Comments(0)子育て

2010年11月21日

ドメスティック・バイオレンスのないまちづくり宣言=久留米



平成22年11月21日
久留米市告示第494号

ドメスティック・バイオレンス(DV)のないまちづくり宣言

人はだれもが、かけがえのない個人として尊重され、安全に安心して暮らす権利をもっています。しかし、DVによる被害は後を絶ちません。
 DVとは、配偶者間や恋人同士などの親密な関係のなかでおきる、さまざまな暴力のことをいいます。DVは人を暴力で支配する行為であり、身体や心を傷つけ、命を奪うことさえある重大な人権侵害です。
 DVはいかなる理由があっても許されるものではありません。
 久留米市は、市民と協働して、DVのないまちづくりを進めることを決意し、ここに宣言します。

……と、楢崎久留米市長が市民の前で、久留米市からの告示として発表をしているところです。何と心強い場面だったか。当事者を中心にして活動を行ってきた民間の人たちがつなぎ合ってできたものだと思います。行政と民間との協働は、当事者の痛みと力強さによって生まれたといって過言ではないと思った瞬間でした。  


Posted by にじ at 16:27Comments(0)

2010年11月20日

虐待防止キャンペーン



今月初めに、福岡市天神の三越デパートライオン広場前にてたくさんの子どもに関するNPOが集合して、虐待防止キャンペーンを行いました。

NPO法人にじいろCAPからも参加しました。キグルミを着たり、CAP就学前プログラムで使っているお人形を持参してのキャンペーンをしました。大変な人気でしたよicon06

“子どもだって、おとな同様に一人の大切な人間。子どもだからといって軽く扱われてよいはずがない。おとながそうであるように、子どもも自分のことを決めたり選んだりするのって大切なはず。本人抜きで勝手に決められていくのって子どもならいいってことじゃないはず”

…って大事だと思いませんか? こんなこと当たり前じゃん!!って多数派の人たちが思う日本になったらいいなぁって思います。 そのような考え方の人がある一定数になったらイデオロギーとして認められてその時代の常識(一般化)になっていくのでしょうね。一歩、一歩!!  


Posted by にじ at 18:48Comments(0)

2010年11月16日

児童養護施設にて

 CAP児童養護施設プログラムで子どもワークショップをすると、いつもいつも、私おとなが怠けてしまっている気がしてなりません。どうしたら、この子どもたちがちょっとでもラッキーと感じられる時間を過ごせるだろうかと、あれやこれやと考えます。それほど、この子どもたちがすばらしいパワーを持っているから、私に何かを響かせるんだと思います。

この写真は、子どもワークショップが終了した後に、子どもたちが別れ際になんとか時間を延ばすために描いてくれているところです。小さな手が描き出すあったかい絵です。

いつも3日目の子どもワークショップの始まりはグズリから始まります。そして、子どもワークショップが終了するころには、寂しい気持ちを隠すように「また、来年!!」と叫んでいます。笑っているけど泣いています。だけど、この児童養護施設の子どもたちは、「寂しいんだよ」とか「怖いよ」とかストレートに表現することをためらいません。それは、彼らが寂しくても怖くても受け止めてくれる受容的なおとなの存在を知っているからです。

子どもワークショップの時にも、何度も何度も職員さんたちの名前が繰り返し繰り返し、信頼の証といわんばかりに出てきます。人生のスタートに、こんなに信頼したいと思えるおとなを持つことができる子どもたちはラッキーなのかもしれません。そして、そんなラッキーな人と人とのつながりをコーディネートできる私たちの仕事もまた、ラッキーなのかもしれませんね。

みんなありがとうね!  


Posted by にじ at 19:30Comments(0)

2010年11月03日

1歳でも2歳でも……

いつも体験をすることなんですが……

保護者ワークショップをさせてもらうと、会場に小さな子どもたちが保護者と一緒に来ています。
年のころは、0歳~5歳くらいまで。小学校の子どもたちの妹や弟たちです。

保護者ワークショップの2時間は、小さな子どもたちにとって大変な時間です。
保護者の方も最後まで聴けるかしら? と結構ハラハラドキドキの時間です。
まあ、あまりぐずったら帰ろう~ということで、よく左端・右端に座っていらっしゃいます。

ところが、保護者ワークショップが始まって、アタッチメントの話や、子どもワークショップの模擬体験などの話に及ぶと驚くほどピタっと、ぐずるのをやめ、泣くのをやめるんですよね。

わたしの体内にある「児童翻訳機」の通訳だとこんな感じです。

『あら、つまらない話だと思っていたら、案外、分かったこと言うじゃない?』
『ヘぇ~まぁまぁわかっているジャン!』

ってな感じでしょうか。本当にそんな感じで、話し手である私たちを見つめて、ぐずらなくなります。

それに、終わった後に抱っこさせてもらっても全然、人見知りされません。先日も、「あれ?おばあちゃんに抱っこされても泣くのにな~」と若いパパさんが驚いてありました。


子どもたちは何もわからない人ではありません。
本当によく見ています。状況判断をしています。

1歳から2歳にかけても「いやだ、いやだ」ビームも・・・
3歳の「する!する!やる!やる!」攻撃も・・・
5歳児の「なんで、なんで」応戦も・・・
大切な大切な発達ですよね。 笑って過ごせる余裕をつくろうね、おとなたち!!

余裕は自然とできるものではなく、知識で考え方を広げて、余裕を作り出す工夫が大事なんだと思うわ。

  


Posted by にじ at 20:36Comments(0)

2010年10月27日

描こう!くるめの未来予想図

第5回 くるめ子ども。子育てフォーラムが開催されます。基調講演は「子育てがんばりすぎていませんか」~児童虐待を防ぐ~というテーマで、フリーライターの北村年子さんです。13:15-14:15え~るピア視聴覚ホールです。

その後14:40-15:30に「NPO法人にじいろCAP」重永がコーディネートをして「子育て支援から考える虐待防止」をします。コメンテーターは、北村年子さんです。

ひとりでも多くの方に来ていただきたいです。実行委員会方式でがんばっていらっしゃいます。チラシや、準備も手作りな感じです。それゆえに、市民が虐待?!?という感覚からスタートしている啓発運動とも言えると思います。

ところで・・・虐待という文字ってちょっとキツイなぁ~と思いませんか?虐待の虐という文字をみて連想するものは、「虐殺」「自虐」「残虐」などですよね。なんだか、こんな文字イメージで「あなたのやっていることは、虐待よ!」と言われたら、かなりドキっとしませんか?

しかし、本来の意味は「maltreatment」です。不適切なかかわり方とでもいいましょうか。トレートメントつまりお世話が適切ではない、という感じです。そもそも国際的(ISCCA)には保護者からの虐待と限定をしていませんから、家庭内だけでなく、地域の社会体育や学校や宗教団体や児童養護施設などにおいても、群衆と対象にしたコマーシャルや仕組みについても同じようにマルトリートメントだよ!と認識するのです。認識のための言葉でもあります。

また、家庭内でのmaltreatmentには「child abuse」&「neglect」があります。abuseは、ab-useと区切ることができます。abは、ラテン語でawayの意味がありますから、隔たりや離れているという意味になります。つまり本来の使い方から隔たっているということになりますし、drug abuse、sexual abuseなど薬物乱用や性的乱用ということで、子どもという存在を乱用しているということになります。

そんな認識を助ける言葉が、人々の気づきをもたらして、人々の気づきが法律や制度になれば改めて公式化され、統計や対策になり予算化され、人的パワーが得られます。すると、それらがその時代の常識になってくるのです。

今、私たちが11月に児童虐待防止月間をきっかけにさまざまな仕掛けを用意して、一人一人に働きかけるのはいずれ、子どもたちがおとなとなって子育てをしていくときに、常識として「子どもの人権」が大事にされ、子ども差別が減少していることを願ってのことです。

決して、おとなにはしない言動も子どもに対してなら許されるのでれば、それは差別です。
子どもなら仕方ない
子どものくせに
子どもなんだから
……と、まだ数年間しか生きていない人たちに対して手を挙げることや、無視することや、いい加減にしか対応をしなくてもよいという感覚は、差別以外のなにものでもないと思います。

ある子どもが言っていました。
自分がいるから、親が幸せそうじゃない
自分が生きていることが間違いじゃないだろうか
そう思うとどこにも居場所がない
自分ってキモイでしょ?……と。

こう話してくれた「その子」は決して、かわいそうに見えるような態度はとりません。悪さもします。悪態もつきます。ヘラヘラもしています。そんな彼らの態度を見て、「こんな子どもだからだよ!」と言いたくなる人もいるかもしれません。
でも、それは違います。
絶対に、違います。

子ども「が」問題なのではありません。
保護者「が」問題なのではありません。
子どもや保護者の周りに問題が起こっている、ということなんです。

子どもを見ている地域こそがが大切です。
彼らが一番大切にしている保護者を、周囲の大人が大事に尊重して接していれば
そこまでの疎外感を子どもは持たずにすみます。
子どもにとって一番つらいのは、保護者がつらそうなことです。(詳細は「さくらんぼプログラムテキスト」をご覧ください)


私たちは「人」に一貫して丁寧に接することなんだなと子どもたちに日々、教えられます。  


Posted by にじ at 21:30Comments(0)

2010年10月18日

にじいろ作成のワンコイン本ができましたよ!



とうとう「思春期症候群の理解と支援のために」冊子ができました。
ワンコイン500円で購入できます。
思春期を理解することで、デートDVだけにとどまらず、子どもたちの事を理解しやすくなります。

ぜひ、お買い求めください。まとめてお送りすることもできます。  


Posted by にじ at 20:29Comments(0)

2010年09月24日

思春期プログラムと ワンコインブック

ただ今、新しいプログラムを開発しています。

思春期プログラムです。20代男女のメンバーが中心になって、10代の人たちにフィードバックをもらいながら作成しています。

私たちは常にエンパワメントを理念に行動しています。
であるならば当事者視点を外すわけにはいきません。
都合の良いところだけに、当事者を引っ張り出して「子ども参画」というごまかしだけはしたくありません。

もっとも肝心な部分である作成・開発の部分にこそ協働し、尊重し合って、真剣にやり取りをして作ることを目指しました。

自画自賛したくなるようなプログラムが完成しました。

思春期プログラムの支援者支援テキストも、カラフルに完成されようとしています。ただ今、生みの苦しみの途中です。

思春期プログラムの子どもガイドブックも、作成中です。

子ども参画とは、叫ぶものではなく、実践するものだと強く刻み、
思春期プログラムを世の中に生み出しているところです。

どうぞ、お楽しみに!!  


Posted by にじ at 01:38Comments(0)

2010年09月22日

暴力は二次被害が怖い

暴力にはさまざまなものがあります。

殴る・蹴る・叩く・刺す・殺す……

言葉によって傷つけることもあります。「うざい」「消えろ」「死ね」

笑いによって力を奪い続けることもあります。何もしてないって言うかもしれないけど、クスッと笑ったそのタイミングと、目くばせで、自分がいてはいけない人間のように感じさせられることもあります。

無視されたり、シカトされたり、スルーされたり。

何をされたのか?と聞かれると答えられない。

だから「どんな気持ちになったのか?」と聴いてほしい。

暴力は、力の不均衡の中で巧みに人をコントロールしている。

だから、誰が誰に何をどのくらいやったのか?と聴かれても、被害者には孤立感が深まることはあっても

援助されているようには感じない。むしろ、援助に応えられない自分を責めてしまう。

第三者が中立的に聴こうとすると、すでに第三者は加害者の言い分に惑わされている。

言い分は関係がない。どんなことが起ころうとも、誰かを傷つけるようなやり方が間違っているのだから。

ところが、両者の言い分を中立的に聴いて、どちらが正しいのか判断しようとする。

それこそが加害者が強いる沈黙なのだ。


わたしにできること。

それはただ、ただ、当事者の気持ちを聴くこと。

自分の思い込みや、自分の感情を脇に置いて、当事者の気持ちを聴いてみること。

何を悲しみ、何に困惑し、どのくらい日常生活を奪われているのか。

傷ついた人間に、もうそれ以上、何も望まないで。

傷ついているのだから、十分に休ませて。

傷ついた人に後始末までさせないで。


暴力は、加害者だけでは作り出せない。

加害者の言動を寛容な態度で許している自分たちがいないだろうか。


  


Posted by にじ at 20:26Comments(0)

2010年09月06日

わたしたちは暴力と子どもに関してのスペシャリスト

私たちCAPスペシャリストは、暴力防止のスペシャリストです。

子どもが暴力を受けた場合に、どのような心理に陥りやすく、どんな生き難さを抱えざるを得ないかを、多くの人と共有し、たくさんの人と協力して、子どもが暴力に遭いにくい地域づくり、社会づくりを目指しています。

だから、暴力の構造や、暴力が起こるメカニズムや、それらの歴史についてのスペシャリストでもあります。

暴力のスペシャリストは、力の不均衡に敏感でなければならないです。
なぜなら、暴力は力の不均衡が背景にあり、それが固定化されているがゆえに、被害者が打ち明けても信じてもらえず、軽く見られ、あるいは被害者の落ち度であるかのように言われてしまうからです。つまり、加害者の論理がまかり通り、いとも簡単に隠蔽されてしまうからです。

その人間関係にある力の不均衡に常に、敏感になり、
被害者である子どもが、語りたくても語れない状況があるのではないか?
語る言葉がないのではないか?
あまりにも日常的で、馴化してしまっているがために、暴力に対する怒りさえ、持てなくなっているのではないか?
・・・と感じ、察知するアンテナを持つ必要があります。

「力」を持っていることが悪いのではありません。
「力」を乱用し、濫用することが問題です。
そして、それに鈍感になってしまったり、寛容になっている「社会」が課題なのです。

すなわち、社会を構成している一人である「わたし」の行動こそが課題なのです。

まずは「わたし」がどう考えるか? どう語り、どう動くか?なんですよね。

焦らず、急がず、でも確実に一歩一歩、争わずに・・・・

スペシャリストの心得? いやいや、おとなの心得かな。

  


Posted by にじ at 19:57Comments(0)

2010年09月02日

チェリアン登場!!

デートDV防止プログラム「さくらんぼ」チームは、高校や中学校で活動中です。
最近、さらに進化させ「思春期プログラム」を作成しました。

このプログラムに登場する思春期の人「チェリアン」をご紹介します。


  


Posted by にじ at 17:33Comments(0)